Title: ことばと発想のテクノロジー

雑誌「月刊アドバタイジング」(電通)に、「ことばと発想のテクノロジー」を22回にわたって連載しました。鏡明氏(電通クリエーティブディレクタ)、小林健一氏(電通マーケティングディレクタ)、中小路久美代氏(奈良先端大助教授)、國藤進氏(北陸先端大教授)、加藤恒昭氏(NTT)、柳瀬尚紀氏(英文学者)、布施英利氏(作家)、井上京子氏(言語人類学者)、松澤和光氏(NTT)、田中譲氏(北大教授)、黒崎政男氏(哲学者)、田崎真也氏(ソムリエ)、橋田浩一氏(電総研)、内田和成氏(ボストンコンサルティンググループヴァイスプレジデント)、隈研吾氏(建築家)、岡隆一氏(RWC)、佐藤研氏(聖書学者)、須永剛司氏(多摩美術大学教授)、鷲田小弥太氏(哲学者)、間瀬健二氏(ATR)、日比野克彦氏(東京芸術大学助教授)、野中郁次郎氏(北陸先端大教授)などと対談しました(肩書きはいずれも当時)。最終回、「ことばと発想のテクノロジー 連載終了にあたって」(2000年2月)を下に置きますのでよろしければ御覧になってみて下さい。



     「ことばと発想のテクノロジー」連載終了にあたって

                                 

1.はじめに

 今回が「ことばと発想のテクノロジー」シリーズ最終回である。思いもかけず22回もの連載になってしまった。

 1998年1月だったと思うが、電通の鈴木氏からメールを頂戴した時は、嬉しかった。「富士通と協力して発想支援ツールの実用化を行った。一度、ディスカッションしたい」とのことであった。いくつかの大学とメーカーの研究所が競いながらかつ協力しながら発想支援システムの研究開発を行ってきたが、どこもまだ本格的な実用化には至っていなかった。むろん発想支援ツールと称する製品はいくつもあるにはあったのだが、本シリーズで紹介してきたような、ことばの問題に真っ向から取り組んだシステムの実用化は初めてであったと思う。できたてのシステムを見せていただきディスカッションするうちに、ぜひ、このような技術を紹介するための連載を、電通の雑誌「アドバタイジング」でやろうではないかということになった。

 当初は、6回程度の連載のつもりであった。実際、6箇所くらい訪問すれば、この分野の代表的な研究は紹介できるであろうと思われた。ところが始めてみると私も含めて取材スタッフ一同、予想以上に面白くて、もっといろいろな人の話を聞こうということになった。それでも1年もやれば種は尽きるだろうと思っていた。ところが、1年間つづけてみると、今度は、有難いことに読者の皆様から想像もしない好評を頂戴した。それに励まされ、さらに1年間延長することになった、という次第である。

 この原稿をまとめるにあたり、じっくりと連載を読み返してみた。あまりに考えさせられる内容が豊富に含まれていて、読んでいる途中で思索にふけってしまうものだから、まる一日かけても読み返すことはできなかった。これまでの連載の要約として本稿を執筆しようかと思い、連載内容のメモを作ってみたのだが、長大なリストができてしまった。それを並べるだけで、与えられた紙面を超えてしまいそうである。またせっかく一流の方々から面白い話を聞いてきたのに、それを私の独断と偏見で下手に要約するのも興ざめであろう。もし、読者の皆様が、これまでの連載を読み返して下さるなら、きっと、それぞれに私とは違った発見をなされることであろうと思う。したがって、以下、連載を終えるにあたって、客観的な要約はあきらめ、私の個人的な思いを書き並べてみたい。

2.発想支援技術の過去と将来

 十年以上前に私が発想支援システムの研究を始めた時の反応は冷ややかであった。「堀君、そんなことをやっていたら論文を書けないし、将来教授にもなれないと思うよ」と真剣に心配して下さる他大学の先生もいらっしゃった。私も確かに論文は書けないかもしれないと思った。ところが、いろいろとやってみると、予想以上に発想支援システムはうまく機能した。昔の発想法の技術と違って、人工知能の研究成果を生かし、ことばとことばの関係を知識処理してやると、紙と鉛筆だけでは見えなかった世界がコンピュータディスプレイの上に見えるようになったのである。1994年にIEEE(米国の電気電子学会)の論文誌に私の論文が掲載されたあたりから世の中の反応も変わってきた。「IEEEの論文誌に載るんだったら、遊びじゃなくて本物なんだね」と言われたりした。ちょうどバブルもはじけ、産業界も、今まで通りの仕事のやり方で量だけを追求したのでは駄目で、新しい発想が必要だと考えはじめた時でもある。また、人工知能の研究も、AIブームが去り、コンピュータに知能を持たせる方向の研究が一段落した時であった。

 過去十年間くらいに情報系の技術者達が研究してきた発想支援の手法は、ほぼ全部この連載で紹介できたのではないかと思う。それらを一口にまとめてしまえば、いろいろな情報を集め、それらの情報の裏に隠れている構造をなんとかして見つけ出し、提示し、インタラクティブに操作させる、それを人間の発想を促進するための刺激にしよう、という技術である。いろいろな情報を集めるために、コミュニケーション支援や、インターネット上の情報収集の技術や、データベースや知識ベースの技術が用いられる。また、隠れている構造を見つけるために、自然言語処理の手法や知識処理の手法が用いられる。見つけた構造を提示するためにさまざまな可視化の手法が用いられ、インタラクティブな操作のためにさまざまなインタフェース技術が用いられる。可能な技術の組み合わせは無限にありそうである。技術屋としてはいくらでも楽しめる道具作りの世界である。

 しかし、我々が楽しんで(もちろん実際には多くの場合、苦しみながら)作った道具を、気持ちよく使ってもらえるかどうかは、また別の問題である。私自身、パソコンの上で、最近のワードプロセッサソフトを使っていると、しばしば頭にくる。なんで、「拝啓」と入れたら、勝手に「敬具」と出てくるんだ! ここは小文字で始まる英文なのに、なんで勝手に大文字に変えるんだ! まさに小さな親切、余計なお世話、である。発想支援システムなどというものも、この小さな親切、余計なお世話の仲間に違いない、と人々に思われても仕方がない。

 連載でも多くの技術者が述べたように、我々の目標は、発想支援システムを皆さんの目の前から消し去ることである。「さあ、発想支援システムを使って発想しましょう」などというのは、昔の発想支援システムの使い方であり、実際、プロフェッショナルがそんなことをするわけがない。しいて例えると、音楽家がピアノを自在に用いて作曲をするように、ことばと発想のテクノロジーをそれと意識することなく自在に用いて、それぞれの領域のプロフェッショナルに気持ちよく発想をしていただけるようにしたい、というのが我々技術者の目標である。

 では、いろいろな領域のプロは現在どのように発想をしていらっしゃるのだろうか。それが、この連載のもうひとつの大きなテーマであった。

3.プロフェッショナルの発想の技

 多くの読者が興味を持たれたのは、情報系の発想支援の技術の紹介よりも、連載に登場して下さったさまざまな一流のプロの発想の世界だったのではないか、と思う。私にとっても、工学系の学会でお会いすることは絶対にありえない世界一ソムリエの田崎真也氏、聖書学者の佐藤研先生などとの対談が、最も刺激的であった。

 前回、野中先生がおっしゃったように、良い発想を行おうと思ったら、まずは、人間として優れていなければならないようである。連載でお会いした方々は皆、仕事の方法云々を超えて、何よりも人間的に魅力的な方々ばかりであった。話の接ぎ穂に困るということが一度もなかった。次から次に面白い話がつづいて、いつも、あっという間に対談の時間が過ぎていった。

 無理にこの連載のテーマに合わせた話をしていただくことはお願いしなかったのだが、どの領域のプロもぴったりの話を提供して下さるのは、驚きでもあった。発想で勝負するプロが、発想の過程でことばを駆使して仕事することは、まぎれもない事実であるようだ。「ことばなんていらない。ふっと良い発想が生まれるのだ」とおっしゃる方は一人もいらっしゃらなかった。いわゆる感性の世界で勝負する領域においても、ことばの世界と感性の世界の間の往復が、発想のきっかけになっているようである。だとするならば、ことばと発想のテクノロジーが役立つ場面は多いのではないかと期待される。

 二十年前には約百五十種類に分類されていたワインの香りがガスクロマトグラフィのおかげで現在では二千種類に分類されていて、それをソムリエはかぎわけるという田崎氏の話が忘れられない。百五十種類で満足していた人間が二千種類もかぎわけるようになるなんて、人間の潜在的能力とは、なんとすごいものなのだろう。ガスクロマトグラフィは余計なことをしたのではなく、人間の潜在的能力を引き出す手助けをしたのだと考えたい。ことばと発想のテクノロジーも同様の役割を果たすことができればと思う。

4.おわりに

 2年間の連載の間にも、世の中の雰囲気は変わってきた。個々の企業が自分の業種を守って仕事を行う時代が終わりそうである。業界を超えた発想を生むことのできる企業だけが生き残りそうな気配である。ある意味で、ことばと発想のテクノロジーへの期待は、高まる一方である。しかし、むろん、技術者が提供するのは道具であり、道具を生かせるかどうかは、個々のユーザの考え方、さらには、個々の企業の文化にかかっているようである。私も、技術者の殻にとじこもらず、できれば、企業文化などに深く関わる領域にも踏み込んでみたいという気がしている。連載は終了するが、ひきつづき、いろいろな方々と意見交換をできれば有難い。

 最後に、連載につきあって下さった読者に感謝申し上げる。また、連載を支えて下さった電通のスタッフの皆さんに感謝したい。中でも、毎回脈絡もなくしゃべりちらかした対談を見事な文章にまとめて下さった岡本氏に敬意をこめて謝辞をささげたい。ことばのプロ岡本氏の魔術で、連載に登場する私はいつも実物より賢く見えた。

          2000年2月



Author: Koichi Hori


堀浩一の紹介

堀浩一の紹介:
(これは著者が手で作成した空間です)
(上の空間の中でクリックしていただけますと、各項目にアクセスできます。)
(「堀 浩一」という項目から始めて、関連する話題を、ざっとではありますが、抽象的な問題は右へ、具体的な問題は左へ、一般的な話題は上へ、人工知能研究関連の話題は下へ、という方針で、配置してみました。ただし、すべての項目の配置がその方針を満たしているわけではありません。)

堀浩一の略歴と連絡先は「堀 浩一」にあります。 詳細な履歴は「堀 浩一 詳細履歴」にあります。
たまに「堀 浩一 の ひとりごと」を更新しています。なぜかこのひとりごとへのアクセスが比較的多いのですが、読んで下さっている皆様に感謝申し上げます。
堀は人工知能の研究者です。時々堀洋一先生と間違われることがありますが、 「堀洋一さんと堀浩一は別人です」
堀研究室は東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻にあります。 研究室では、航空宇宙工学への人工知能の応用だけでなく、学生諸君の自主的なテーマ設定を尊重して、幅広くいろいろなテーマの研究を行っています(「堀研究室所属を希望する皆さんへ」「活躍する教え子たち」)。

私自身は、人工知能研究の中でもやや特殊な「創造活動支援システムの研究」を行ってきました。 なんだか怪しい響きの研究テーマだと思われるかもしれませんが、いつのまにか仲間も増えました(「ことばと発想のテクノロジー 」)。
創造活動支援システムの一例として「堀の自作ソフトKNC(Knowledge Nebula Crystallizer)」を作りつづけています。このサイトもそのKNCで動いています。「KNC(Knowledge Nebula Crystallizer)の原理 」にやや専門的な説明を書きました。このサイトを動かしているKNCは「Rails + MySQL」で実装しています。

研究者が何をめざして研究をおこなっているのかの本音について、「事業仕分けをきっかけに思う」に書きました。研究者の本音を身も蓋もない言い方で言ってしまうならば、面白くて仕方ないので研究しているということになるでしょう。
しかし、学問ごとに目標とするところに少しずつ違いはあって、 我々工学の研究者がめざしているのは、おおげさな言い方をするならば、人類の幸福です(「工学と理学の違い」)。
理想と現実の狭間で、研究をどうやって評価すべきかは、重要で難しい問題です(「評価」から「解説」へ 」「人工知能学会創立25周年にあたって 」)。
できれば、産学連携も、理想に向かって「志高き産学連携」を行いたいものです。

最近再び人工知能の研究が注目されるようになってきています。 そもそも知識とは何なのだろうという問題については、昔々現代思想誌にも書かせていただいたことがあります(「知識の姿 − 人工知能研究者の立場から」)。
「機械が心を持つようになるか?」 「人工知能倫理(AI Ethics)について」 「機械との競争について」 「集合知とは何か」等々、私も考え続けています。
学会の果たすべき役割についても考え直す必要がありそうです(「人工知能学会創立25周年にあたって 」)。
それらすべてに関係する「人工知能とは」という解説記事を書きましたので、それも掲載しておきます。


最終的に私がめざしているのは、恩師からの宿題の「文化国家としての技術立国 」に少しでも貢献することです。


 

現在の御興味の推定位置と御興味の移動予測

(これは、トピック間のキーワードの共有度とユーザの行動履歴をもとに自動的に作成した空間です。)

御興味移動先予測地点に近い項目から遠い項目まで一覧(距離):


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現在位置 x = 0.19, y = 0.87
現在誤差 sigma = 0.0
予測位置 x = 0.19, y = 0.87
予測誤差 sigma = 0.07


(別の方法で計算した)現在の文脈で関連しそうな項目(関連度):
relevant in the current context (relevance score):


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