Title: 事業仕分けをきっかけに思う

下は、認知科学会誌の巻頭言として掲載された原稿です。 あくまでも認知科学会の会誌の巻頭言として書いた原稿ですので、その文脈から離れる場合にはいくつか補足をしておいたほうがよいと思います。その補足を一番下に付け足しました。



(認知科学会誌Vol.17, No.1, 2010 巻頭言)

「事業仕分け」をきっかけに思う

                  堀 浩一 (東京大学)

 外国の研究者に学生の前で話をしてもらうとちょっと戸惑う時がある。それは、いかに大きな軍事研究予算を持っているかを自慢され始めた時である。研究のことをまだよく知らない学部学生などはたいていきょとんとした顔をして聞いている。そして後で、自分たちの研究は軍事研究にも関係あるのでしょうかと質問しに来たりする。
 「スパコンの研究開発がどうして必要なのか」と問われた時、欧米の多くの国であれば、おそらくは「国家の安全保障上必要不可欠」と真っ先に答えるのではないかと思う。「国家の安全保障」の問題であると説明されたならば政治家も頭から無視するわけにいかずもう少しは議論が噛み合ったのだろうか。事業仕分けのあの場の議論にもその後のさまざまな議論にもなんとももどかしさが残った。「科学技術の重要性はわかっている。その上での予算の使い方の議論なのだ。」と言われても、「本当に重要性がわかっているのか?」と尋ねたくなってしまったし、科学者からの反応にも、「科学は重要だから重要」というトートロジーにすぎない反論が含まれていたように思う。
 軍事研究と結びつけて国家の安全保障の問題を持ち出すというのは、欧米の研究者がこれまで便利に使ってきたオールマイティの切り札だったように見える。この切り札を切ることは我々にとっては禁じ手である。もちろん、切り札を使える欧米の研究者がうらやましいというのではない。問題にしたいのは、欧米の研究者の場合も、本気で軍事研究をやりたいと思っている人はあまりいないのにもかかわらず、国家の安全保障の問題を持ち出して研究費を獲得してきたのではなかったかということである。昔、認知科学においても、記号主義とコネクショニストが対立した時、敵の潜水艦のソナーの認識への応用で記号主義のモデルに基づくシステムよりもコネクショニストモデルに基づくシステムのほうが良い性能を示したという実例を使ってコネクショニストの研究者たちが軍事研究予算を獲得した、という話があった。あの時も、潜水艦のソナーの認識は本当はどうでもよくて、認知の基本機能が記号に基づいているのかそれとも記号よりも下のレベルの神経回路機構に基づいているのかを探求したいというのが研究者たちの本音ではなかっただろうか。
 極端な言い方をすれば、これまで研究者はある意味で上手に本音とたてまえを使い分けてきた。軍事に興味がないくせに国家の安全保障に不可欠と説明して軍事研究予算を獲得し、本当は基礎科学の多くが飯の種には直結しないのに、それで食っていけるという誤解を与えかねない「科学技術立国」という標語を使ってきた。本音と建前を使い分けているといつかはしっぺ返しをくうのではないかと心配していたが、意外に早く今回の事業仕分けでそれがやってきたような気がする。幸い、国民やマスコミがこぞって科学技術研究を批判するに至ってはいない今が、本音をきちんと説明するチャンスあるいは本音と建前を一致させるチャンスなのではないかと思う。
 研究者の本音をみもふたもない言い方で言ってしまうならば、面白くてしかたないからやっている、ということになるであろう。宇宙がどうしてできたかを考えだしたら面白くてしかたないから物理をやっていたり、人がどうしてことばを理解できるのかを考えだしたら面白くてしかたないから認知科学をやっていたりする。が、この本音をそのまま説明することは、なんとなくはばかられるような気がしてこれまで避けられてきた。
 そのかわりに伝統的な基礎科学の研究者たちが採用した手段のひとつが、科学研究それ自体に価値があることを宣伝するためにノーベル賞を頂点とする権威付けの体系を作り上げることであったのかもしれない。この基礎科学の権威付けの体系も最近はあまりうまく機能していないように思われる。その証拠に、日本人受賞者がいない時にはノーベル賞を受賞した研究の内容をマスコミはほとんど報道しないではないか。直接は役に立たない科学の価値を人々に伝える役割を持っていたはずのノーベル賞が科学というよりは技術の領域に属するCCDや光ファイバーの研究にまで手を伸ばしてきたのはどうしたことか。科学研究もたまには役に立ちますよということを人々に見せるための戦術なのだろうか。
 本音をきちんと説明して国民の税金を使わせていただくというのは、そう簡単なことではなさそうである。そもそも本人がわくわくしながら研究していなければその面白さも価値も普通の人々に伝わるはずがない。論文の数のような短期的な評価を気にしすぎる研究者が増えていることが科学技術の研究をつまらないものに見せてしまっている一つの原因なのかもしれない。面白くもなんともなく、わくわくせず、かつ何の役にも立たないという研究は最低最悪である。研究領域が確立され細分化された蛸壺研究が増え始めると、そのような最低最悪の研究が幅を利かせるようになる。そのような最低最悪の研究の予算は仕分けされてもしかたあるまい。
 ひきつづき地道に努力して研究の面白さを人々に伝えていくことが大事だと思うが、もうひとつ考えうる、本音と建前を従来よりももっと一致させるという方向はどうだろうか。
 認知科学や人工知能の研究においてはそれが可能であるように思う。基礎科学としても面白くてしかたがなく、かつ応用技術としても本当に人々の役に立つという研究を行うことができる。学習科学の研究は、こどもたちがもっと生き生きと学習できる環境を作ることに役立つ。コミュニケーション研究は、たとえば、医者と患者のコミュニケーションを改善することに役に立つ。創造性研究は、もっと創造的に人工物を設計するための支援システムにつながる。意思決定の研究は、政策の意思決定のあり方を変えることができるかもしれない。
 しかも巨大科学研究プロジェクトと違って、多人数で分担しなくても、我々は自分一人であるいは少人数のグループで基礎科学から応用技術まで全部やることができる。人間の認知のメカニズムを分析し、それを役に立つ道具の形に総合し、実問題への適用の実践を行うならば、そこからまた新たな認知のメカニズムに関する発見が生まれるであろう。分析と総合と実践からなるループがまわり始めるのである。
 最近は分析を分担する認知科学研究と総合・実践を分担する人工知能研究とに研究領域の分離が進み始めているような印象を受けるのだが大丈夫だろうか。指導教員に言われたとおりのテーマで言われたとおりの方法で実験しデータをとり統計的に検定しました、というような論文も見かけるようになった。それはひょっとしたら最低最悪の研究が認知科学や人工知能の研究においても幅を利かせ始める前兆なのではないかと心配である。わくわくとして面白い研究を楽しんできた年寄りの研究者たちには、若者にもわくわくとして面白い研究を自主的に見つけさせてほしい。そしてさらにその研究が、分析と総合と実践からなるループをまわし始めることができ、本当に人々の役にたつならば言うこと無しである。



以上が、認知科学会誌の巻頭言の原稿ですが、少し補足させていただきます。

ある研究が「役に立つ」かどうかの議論は、単純ではありません。経済を豊かにする、人生を豊かにする、人類の知的資産を豊かにする等、さまざまな役立ち方があります。
避けなければいけないのは、研究者が自分の大きな目標を見失ってしまうことです。 研究成果の競争に追われ、研究のスピードと論文の数だけを追い求めるようになってしまったら、研究者としてはおしまい、です。
でも、実際には論文の数を稼がなくては研究者としてのポストも得られない、という現実が存在している、という反論を若い研究者から頂戴しました。その反論には同意せざるをえません。実際、現実はその通りです。我々年寄りの研究者が、論文数のようなみかけの成果ではなく、中身をもっときちんと評価するように体制を変えていく努力を行う必要があると思います。若い研究者の皆さんには、現実から目をそらさず、しかし、大きな目標も見失わないでいただきたいと思います。

一部の工学系の研究者からは、自分は本当に役立つ研究をやっており、本音と建前を使い分けてはいない、という反論を頂戴しました。 私自身も、自分ではそう思ってはおりますが、今回の事業仕分けを見ておりますと、もっと大きな意味で、学問の価値をどう国民に理解していただくかが重要、と痛感した次第です。
いや、理解していただく、というのは上から目線の発言だと誤解されてしまうかもしれませんね。もっと正しく言えば、科学者と市民の双方向の対話の中で、科学の価値を求めていこう、ということになるだろうと思います。
さらにもう一言付け加えるならば、工学の場合は、研究者と市民の双方向の対話は、直接の対話でなくとも、ものづくりを通した対話、というのもありえるはずだと思います。これは、倫理レベルからの設計という我々の研究室の新しい研究テーマに直接関わってきます。それについては、あらためて書かせていただきたいと思います。



Author: Koichi Hori


堀浩一の紹介

堀浩一の紹介:
(これは著者が手で作成した空間です)
(上の空間の中でクリックしていただけますと、各項目にアクセスできます。)
(「堀 浩一」という項目から始めて、関連する話題を、ざっとではありますが、抽象的な問題は右へ、具体的な問題は左へ、一般的な話題は上へ、人工知能研究関連の話題は下へ、という方針で、配置してみました。ただし、すべての項目の配置がその方針を満たしているわけではありません。)

堀浩一の略歴と連絡先は「堀 浩一」にあります。 詳細な履歴は「堀 浩一 詳細履歴」にあります。
たまに「堀 浩一 の ひとりごと」を更新しています。なぜかこのひとりごとへのアクセスが比較的多いのですが、読んで下さっている皆様に感謝申し上げます。
堀は人工知能の研究者です。時々堀洋一先生と間違われることがありますが、 「堀洋一さんと堀浩一は別人です」
堀研究室は東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻にあります。 研究室では、航空宇宙工学への人工知能の応用だけでなく、学生諸君の自主的なテーマ設定を尊重して、幅広くいろいろなテーマの研究を行っています(「堀研究室所属を希望する皆さんへ」「活躍する教え子たち」)。

私自身は、人工知能研究の中でもやや特殊な「創造活動支援システムの研究」を行ってきました。 なんだか怪しい響きの研究テーマだと思われるかもしれませんが、いつのまにか仲間も増えました(「ことばと発想のテクノロジー 」)。
創造活動支援システムの一例として「堀の自作ソフトKNC(Knowledge Nebula Crystallizer)」を作りつづけています。このサイトもそのKNCで動いています。「KNC(Knowledge Nebula Crystallizer)の原理 」にやや専門的な説明を書きました。このサイトを動かしているKNCは「Rails + MySQL」で実装しています。

研究者が何をめざして研究をおこなっているのかの本音について、「事業仕分けをきっかけに思う」に書きました。研究者の本音を身も蓋もない言い方で言ってしまうならば、面白くて仕方ないので研究しているということになるでしょう。
しかし、学問ごとに目標とするところに少しずつ違いはあって、 我々工学の研究者がめざしているのは、おおげさな言い方をするならば、人類の幸福です(「工学と理学の違い」)。
理想と現実の狭間で、研究をどうやって評価すべきかは、重要で難しい問題です(「評価」から「解説」へ 」「人工知能学会創立25周年にあたって 」)。
できれば、産学連携も、理想に向かって「志高き産学連携」を行いたいものです。

最近再び人工知能の研究が注目されるようになってきています。 そもそも知識とは何なのだろうという問題については、昔々現代思想誌にも書かせていただいたことがあります(「知識の姿 − 人工知能研究者の立場から」)。
「機械が心を持つようになるか?」 「人工知能倫理(AI Ethics)について」 「機械との競争について」 「集合知とは何か」等々、私も考え続けています。
学会の果たすべき役割についても考え直す必要がありそうです(「人工知能学会創立25周年にあたって 」)。
それらすべてに関係する「人工知能とは」という解説記事を書きましたので、それも掲載しておきます。


最終的に私がめざしているのは、恩師からの宿題の「文化国家としての技術立国 」に少しでも貢献することです。


automatically generated story 13.9.28.12

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これは自動的に生成された空間です。
「起承転結」の関係になるような項目をシステムが自動的にさがして上から下に並べました。
上の空間の中でクリックすると各項目にアクセスできます。


 

現在の御興味の推定位置と御興味の移動予測

(これは、トピック間のキーワードの共有度とユーザの行動履歴をもとに自動的に作成した空間です。)

御興味移動先予測地点に近い項目から遠い項目まで一覧(距離):


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現在位置 x = 0.26, y = 0.89
現在誤差 sigma = 0.0
予測位置 x = 0.26, y = 0.89
予測誤差 sigma = 0.07


(別の方法で計算した)現在の文脈で関連しそうな項目(関連度):
relevant in the current context (relevance score):


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