Title: 「機械との競争」について

「機械との競争」


機械が人の仕事を奪っている

よく見かける主張:「技術の進歩を止めるのではなく、それに追いつくだけの教育や規制緩和などの人間社会の変革を行おう」

不足している議論:「技術の進歩はどこかから勝手にやってくるものではなく、私たち人間が作り出している。進歩の方向をどう制御するか。」
(科学技術社会論においてではなく、工学において技術者どうしの間で、不足している議論)



 最近、人間と機械との競争というテーマについて書かれた本(たとえば、ブリニョルフソンの「機械との競争[1])や記事(たとえば、朝日新聞のコラム[2]や日経ビジネスの記事[3]など)をよく見かけるようになりました。
 ブリニョルフソンの「機械との競争」という本[1]の和訳版の帯には、「テクノロジー失業の襲来!!MITによる恐るべき最新レポート!!」という刺激的な文句が書かれています。我が国でも、将棋ソフトが人間のプロに勝ったことなどから、このままでは人間の仕事がなくなってしまうのではないかという不安を抱く人が増えているようです。
 それに関連して「機械が心を持つようになるか」というテーマについては、このサイトの別の項目で書きましたが、ブリニョルフソンの本の興味深いところは、心情的な議論ではなく、客観的なデータに基づいて、実際に機械が人間の雇用を奪っているという事実を示していることです。
 ブリニョルフソンらは、技術の進歩があまりにも速すぎて、人間社会がそれに追いついていないのだ、ということを詳細に説明しています。
 そして、それに対する処方箋として、「Invest in education. Start by simply paying teachers more so that more of the best and the brightest sign up for this profession, as they do in many other nations. (教育に投資する。先生の報酬を増やす。最も優秀な人たちが先生という職につくように。)」(これには私も大賛成)など、19項目の提言をおこなっています。朝日新聞のコラム[2]でも、NIIの新井紀子さんの「機械に負けない人間の雇用をつくるための教育が必要になる。」というコメントが紹介されています。技術の進歩を止めるのではなく、それに追いつくだけの教育や規制緩和などの人間社会の変革を行おうというのが、そこで主張されていることだと言ってよいかと思います。
 基本的には、その主張に私も賛成なのですが、一つ不満があります。それは、社会の変革だけでなく、技術の進歩についても変革が可能であるという視点が抜け落ちていることです。技術の進歩はどこかから勝手にやってくるものではなく、私たち人間が作り出しているものです。たしかに制御不能なくらいにどんどん進歩するという性質がないわけではないですが、進歩の方向は十分に制御可能です。技術が人間の雇用を奪うことが問題であるならば、我々は、人間の雇用を増やすことを目標とした技術開発も行うべきです。これまでそれを目標にしたことはほとんどなかったので、かえってチャンスかもしれません。ちょうど、昔は目的関数ではなく制約条件に過ぎなかった「地球環境に優しいこと」を制約条件から目的関数に変えたことによって新しい技術が生まれ結果的にperformance/costが増したように、「人間の雇用を増やすこと」を目的関数として新しい技術を考えれば、これまでとは異なる解空間に新しい解が見つかり、結果的にトータルなbenefit/costも増すという可能性は大いにあると思われます。ブリニョルフソンらの本でも言及されていますが、人間だけで行う仕事や機械だけで行う仕事に比べて、人間と機械がうまく協力して行う仕事のほうが大きな価値を生む可能性は大です。農林水産業、工業、サービス産業等、あらゆる領域でそれを考えることができるでしょう。
 その時、日本は少子高齢化社会なのですから、少なくなった労働人口を最大限に生かし、かつ幸福な労働ができるような方向を考えることになるでしょう。新興国は新興国で、先進国の単なる下請けでない、自分たちにとって、もっとメリットのある方向を考えることになるでしょう。
 私の研究室では、博士課程の大学院学生が、アフリカの人たちと協力しながら、アフリカの人々が自分たちのための技術開発を自分たちで行うためのプラットフォームシステム、というのを研究したりしています。私もさらにいろいろと考えてみたいと思います。皆さんも考えてみませんか?

[1] エリック・ブリニョルフソン and アンドリュー・マカフィー 著、村井章子 訳: 機械との競争、日経BP社、p.174, 2013.
Erik Brynjolfsson and Andrew McAfee: Race Against The Machine: How the Digital Revolution is Accelerating Innovation, Driving Productivity, and Irreversibly Transforming Employment and the Economy, Digital Frontier Press, p.98, 2011.
[2] 原 真人(朝日新聞編集委員): 将棋プロの敗北 人VS.機械 雇用の未来は、朝日新聞2013年5月5日コラム波聞風問. http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201305040407.html
[3] 細田 孝宏: 電王戦、プロの敗北を悲しむべきか 進化するテクノロジーとの向き合い方、日経ビジネス2013年5月7日. http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130430/247423/


     2013年5月7日 堀 浩一 (東京大学大学院工学系研究科教授)

2013年5月11日
 下のコメントボックスで哲学者の土屋俊先生から頂戴したコメントに対する私の回答がブラウザによっては表示されないようですので、ここにcopy & pasteしておきたいと存じます。   堀 浩一

(土屋俊先生からのコメントに対して)
 いや、古典的考えの新しい復権の流れがやってきているような気がするのです。
我々の技術屋のほうでいえば、Stanfordのd.schoolが表看板にHuman-Centered Designを掲げていますし、技術哲学のほうの社会構成主義とか、Postphenomenological Researchとかを見ていても(哲学については素人なので見誤っているかもしれませんが)、人間社会と技術との相互作用が重視されるようになってきていませんか?
「機械のあり方を人が律することが困難になってきた」というのは技術屋としては嘘だと思うんですよね。そう思う人が増えているからこそ、機械のあり方を人が律する技術的な新しい方法を考えたいのです。技術的な新しい方法は、まだいくらでも考えられるはずです。昔のトンカチのような単純な道具ではない複雑系のデザインになりますから、研究テーマとしても面白い。

スタンフォード大学:デザイン思考家が知っておくべき39 のメソッド、慶應義塾大学 SFC デザイン思考研究会、2012.

村田純一:技術の哲学、岩波書店、2009.

Don Ihde: Introduction: Postphenomenological Research, Human Studies, Vol. 31, No. 1, pp. 1-9, 2008.



2013年8月20日

この話題に関連して、最近目にした文章をいくつか引用しておきます。(断片的な引用ですので、ご興味のある方は、それぞれの元記事をご参照下さい。大きな図書館には置いてあると思います。)堀 浩一


北島忠雄(将棋棋士), プロ棋士から見た第2回電王戦、情報処理学会誌, Vol. 54, No.9, pp. 923-924, 2013より:
「今回の対戦を観戦して感じたのは、将棋の持つ、大きな可能性だ。今後はコンピュータの指し手や発想から人間が学ぶことが増えていくと予想される。今後もお互いが尊敬し高め合っていく共存共栄の関係が末永く続くことを願ってやまない。」

松原仁, コンピュータ将棋の今後, ibid, pp. 933-936より:
「そもそもコンピュータに負けたくらいで失われるほど人間の尊厳は軽いものではない。人間対コンピュータの対決を強調することはイベントとしての興味を引くかもしれないが、人間にとってコンピュータと対戦すること(そして負けること)は大きな事件ではないはずである。」
「コンピュータがトッププロ棋士に勝つXディはかなり近い将来に必ず来る。」...「Xディを迎えれば、それまでは人間とコンピュータが仮想的に敵として対決をしてきたものが、その後は人間とコンピュータが協力して将棋の魅力を増すために活動していくことになる。」...

矢野和男 ほか, ビッグデータの見えざる手 - ビジネスや社会現象は科学的にコントロールできるか - , 日立評論, Vol. 95, No. 06-07, pp. 432-433, 2013より:
「コンピュータが将棋のプロ棋士を破ったのは記憶に新しい。大量データ(棋譜)とアウトカム(勝敗)の明確な問題では、コンピュータが急速に有利になっているのだ。ビジネスでもこのような問題が増えており、コンピュータの活用が今後急速に進むだろう。」「ここで重要なのは、人の経験と勘とコンピュータとは、互いに補完関係にあり、対立軸で捉えてはいけないことだ。チェスの元世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフは、コンピュータに敗れたことで有名になった。しかし、彼の偉業はむしろその後に、「アドバンストチェス」という、コンピュータと人間が協力して戦うチェスを創始したことにある。」...「ビジネスや社会問題の解決に、大量データを活用し、人と機械を融合した「アドバンストシステム」が新たな社会イノベーションを拓くだろう。ここに日立は大きく貢献できると考えている。社会インフラのアドバンストシステム化により、共感とイノベーション豊かな世界の実現に挑戦したい。」



Author: Koichi Hori


堀浩一の紹介

堀浩一の紹介:
(これは著者が手で作成した空間です)
(上の空間の中でクリックしていただけますと、各項目にアクセスできます。)
(「堀 浩一」という項目から始めて、関連する話題を、ざっとではありますが、抽象的な問題は右へ、具体的な問題は左へ、一般的な話題は上へ、人工知能研究関連の話題は下へ、という方針で、配置してみました。ただし、すべての項目の配置がその方針を満たしているわけではありません。)

堀浩一の略歴と連絡先は「堀 浩一」にあります。 詳細な履歴は「堀 浩一 詳細履歴」にあります。
たまに「堀 浩一 の ひとりごと」を更新しています。なぜかこのひとりごとへのアクセスが比較的多いのですが、読んで下さっている皆様に感謝申し上げます。
堀は人工知能の研究者です。時々堀洋一先生と間違われることがありますが、 「堀洋一さんと堀浩一は別人です」
堀研究室は東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻にあります。 研究室では、航空宇宙工学への人工知能の応用だけでなく、学生諸君の自主的なテーマ設定を尊重して、幅広くいろいろなテーマの研究を行っています(「堀研究室所属を希望する皆さんへ」「活躍する教え子たち」)。

私自身は、人工知能研究の中でもやや特殊な「創造活動支援システムの研究」を行ってきました。 なんだか怪しい響きの研究テーマだと思われるかもしれませんが、いつのまにか仲間も増えました(「ことばと発想のテクノロジー 」)。
創造活動支援システムの一例として「堀の自作ソフトKNC(Knowledge Nebula Crystallizer)」を作りつづけています。このサイトもそのKNCで動いています。「KNC(Knowledge Nebula Crystallizer)の原理 」にやや専門的な説明を書きました。このサイトを動かしているKNCは「Rails + MySQL」で実装しています。

研究者が何をめざして研究をおこなっているのかの本音について、「事業仕分けをきっかけに思う」に書きました。研究者の本音を身も蓋もない言い方で言ってしまうならば、面白くて仕方ないので研究しているということになるでしょう。
しかし、学問ごとに目標とするところに少しずつ違いはあって、 我々工学の研究者がめざしているのは、おおげさな言い方をするならば、人類の幸福です(「工学と理学の違い」)。
理想と現実の狭間で、研究をどうやって評価すべきかは、重要で難しい問題です(「評価」から「解説」へ 」「人工知能学会創立25周年にあたって 」)。
できれば、産学連携も、理想に向かって「志高き産学連携」を行いたいものです。

最近再び人工知能の研究が注目されるようになってきています。 そもそも知識とは何なのだろうという問題については、昔々現代思想誌にも書かせていただいたことがあります(「知識の姿 − 人工知能研究者の立場から」)。
「機械が心を持つようになるか?」 「人工知能倫理(AI Ethics)について」 「機械との競争について」 「集合知とは何か」等々、私も考え続けています。
学会の果たすべき役割についても考え直す必要がありそうです(「人工知能学会創立25周年にあたって 」)。
それらすべてに関係する「人工知能とは」という解説記事を書きましたので、それも掲載しておきます。


最終的に私がめざしているのは、恩師からの宿題の「文化国家としての技術立国 」に少しでも貢献することです。


近未来の課題へむけて


automatically generated story 8.29.43.30

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これは自動的に生成された空間です。
「起承転結」の関係になるような項目をシステムが自動的にさがして上から下に並べました。
上の空間の中でクリックすると各項目にアクセスできます。


 

現在の御興味の推定位置と御興味の移動予測

(これは、トピック間のキーワードの共有度とユーザの行動履歴をもとに自動的に作成した空間です。)

御興味移動先予測地点に近い項目から遠い項目まで一覧(距離):


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現在位置 x = 0.3, y = 0.89
現在誤差 sigma = 0.0
予測位置 x = 0.3, y = 0.89
予測誤差 sigma = 0.07


(別の方法で計算した)現在の文脈で関連しそうな項目(関連度):
relevant in the current context (relevance score):


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