Title: 共同通信連載「仕事のデッサン」 創造性をめぐる話題

以下は、2000年4月に共同通信文化欄「仕事のデッサン」に5回連載させていただいた記事の原稿です。
5回分まとめてここに紹介致します。



第1回 日本人の創造性?

 私の専門分野は、知能工学である。これは、人間の知能と機械の知能を研究する分野であるが、その中に、創造活動を支援するための情報技術の研究というちょっと変わった研究がある。創造的な仕事をする人に、今までよりも気持ち良く、いっそう創造的に仕事してもらうために、情報技術として何を提供できるかを研究している。そのせいで、最近よく創造性に関わる質問を受ける。

 よくある質問のひとつは、「日本人には創造性がないのでしょうか?どうしてノーベル賞の受賞者が少ないのでしょう?」というものである。しばしば立派な先生方が議論されるテーマであり、情報技術屋にすぎない私が口出しするようなことでもないのだが、あえて一言だけ言わせてもらおう。それは、この質問自体に創造性がない、ということである。

 日本人に創造性があるかないかというのは、実は馬鹿げた問題設定である。アメリカ人は言葉をしゃべりますが、日本人はしゃべれないのでしょうか、という質問と同じくらい馬鹿げている。生物学的に差がない以上、日本人だけに創造性がないなどということは、ありえない。仮にも、創造性を議論しようというのであれば、問題の設定の仕方だって、創造的にやりたいものである。日本人の創造性だけを問題にしたり、アメリカとの比較で創造性を伸ばすための教育や社会環境を考えたりするのは、あまりに陳腐な問題設定であり、そこには問題設定者の創造性が感じられない。

 ノーベル賞受賞者が少ないことを悪いことだと思いこんでいることについても、一考を要する。どうせ創造性を議論するのなら、すでに確立されたノーベル賞の制度が、人々の創造性を阻害してはいないか、というようなことを議論したほうが面白いかもしれない。

 次回以降も創造性をめぐる議論をつづけたい。




第2回 コンピュータの創造性?

 アメリカ人に創造性があるなら、生物学的に差がない以上、日本人にも創造性があるのは当たり前だ、と前回書いた。では、コンピュータは創造性を持ちうるだろうか?

 これは、実はホットなテーマであり、関連の国際会議が増えている。わが国の人工知能学会でも、それを議論しており、私も知能工学の研究者として関わらざるをえない立場にある。

 私自身は、コンピュータに創造性を持たせたいと考えたことはない。創造的に仕事することは、人間にとって最大の喜びであり、それをコンピュータがやってくれても、ちっとも嬉しくない。

 が、原理的にコンピュータが創造性を持ちうるのかどうかとなると、話は別で、これは、純粋に研究上のテーマとなる。今のところ、研究者の答は、イエスでもあり、ノーでもある。

 1997年に、コンピュータは、チェスの世界チャンピオンに勝ってしまった。これをもって、コンピュータがチェスをできるようになったと思うなら、コンピュータに創造性を持たせることも可能であると考えたくなる。しかし、チェスの世界チャンピオンに勝ったコンピュータは、プログラマがプログラムした通りに、可能な手と盤面の展開を膨大に調べあげただけであり、チェスをできるようになったとは言えないとも言える。賢かったのは、コンピュータではなく、そういう方法を編み出したプログラマーである。

 コンピュータにおける創造性の議論は、いまのところ、これとまったく同様である。あたかも創造性を持っているかのごとくふるまうコンピュータシステムは、すでにある。実際、人間と区別できないくらいに、抽象画を描いたり、作詞をしたりすることができる。しかし、安心してほしい。コンピュータは、ある種の創造の方法の一部を教えられた通りに実行しただけである。




第3回 創造活動を助けるコンピュータ

 コンピュータが創造性をもちうるかという問いに対する答は、イエスでもありノーでもあるが、どちらかといえばノーである、ということを前回書いた。では、創造的な人がさらに気持ち良く創造的に仕事するために、コンピュータは役に立つか、という問いならばどうであろうか。

 この問いに対する答は、イエスである。十年以上前に私がそういう研究を始めた時は、大学の研究者が創造性などという怪しい領域に手を出してはいけないと言われた。しかし、有り難いことに、ヨーロッパを中心に仲間が増え、現在では世界中で興味深い研究がなされている。

 昔から発想法というものはあった。特に日本では川喜多先生の考案によるKJ法などのいくつかの発想法が知られていた。ところが、不幸なことに、ある種の誤解から、プロは発想法など必要としないという主張がなされることも少なくなかった。

 実際には、紙も鉛筆も使わず、脳みそだけで創造的な仕事をする人はいない。必ずなんらかの道具を使う。道具の意味を広くとらえるならば、最強の道具は、ことばであるようだ。感性で勝負していると思われるような領域でも同じである。ソムリエの田崎真也氏にうかがったのだが、ソムリエはワインの香りを嗅覚だけで記憶することはなく、必ずことばに置き換えるのだそうである。ことばを蓄積し、操作し、伝達することは、コンピュータの最も得意とするところである。

 情報技術を工夫すると、従来の発想法とは異なる創造支援の道具の世界が広がることが、ここ十年ほどの間に実証されてきている。ちょうど電卓が計算の一部を助けてくれるように、コンピュータが創造活動の一部を助けるのである。ただし、創造的な仕事を行うのはあくまでも人間であり、道具が役に立つかどうかは使う人しだいである。




第4回 情報の流れと蓄積

 私は電子工学科出身だが、大学院修了後四年間、文部省の国文学の研究所で国文学者と仕事をした。ちょっと意外に思われるかもしれないが、コンピュータなんか嫌いだとおっしゃる国文学者と仕事をするのは実に楽しかった。コンピュータのお好きな方は、どうしても現在のコンピュータの技術の延長上でものを考えがちだが、コンピュータなんか嫌いだとおっしゃる先生は、独自の仕事の世界を持っていらっしゃることが多く、それが、私にとっては新しい情報技術の研究のヒントとなるのだった。

 情報技術者から見て文学者の一番すごいところは、その情報資産の質と量である。文学者は二千年を相手にするのだから、当然と言えば当然かもしれない。二百年ちょっとしか歴史のないアメリカで開発する情報技術は、どうしても情報の流れを中心とした技術になりがちである。実際、情報化を声高に叫ぶ人は、我が国においても、情報の流れのことばかり考えておられるように感じる。高速大容量のネットワークを張り巡らすのもけっこうだが、現在のインターネット上を流れている情報には、言わばゴミ情報と言うべきものも少なくなく、それを大量に交換してどうするのだろうと思ってしまう。

 ここから前回までの創造性とコンピュータの話につながるのだが、創造活動を支援するための情報技術で最も有効に機能するのは、蓄積された情報資産を活用する技術であろうと期待されている。質の良い大量の情報資産は、そこからさらに良質の知の世界を拡大再生産していくことができるが、ゴミ情報の流れからは価値のあるものは何も生まれない。

 最も良質の情報資産が蓄積されている場所、それは図書館である。私は東京大学附属図書館館長補佐をおおせつかっているのだが、国立大学附属図書館のみすぼらしさには目を覆うばかりである。なんとかしたい。




第5回 教育とコンピュータ

 初等中等教育が日本の将来を左右するのは間違いないだろう。しかし、英語の授業時間数が減らされるかと思えば、一方では第二公用語として位置づけるくらいに英語の教育を重視すべきだという議論もあり、教育を巡る議論は、常に矛盾をはらみ、混乱しているように感じられる。

 小学校や中学校にコンピュータを持ちこむことに関する議論もまた混乱している。世の中インターネット時代だから、小学校でもインターネットを使えるようにすべきだ、というような主張がなされる。そんな主張がそのまま通るのだったら、世の中金儲けの時代だから、小学校でも金儲けを教えろということになってしまいはしないだろうか。

 コンピュータの原理や使い方を子供たちに教えるようになったとしても、情報技術の研究者としては、全然嬉しくない。コンピュータの原理や使い方は、子供たちが大きくなった頃には、まったく違ったものになっている可能性が大きい。大事なのは、現在のコンピュータの世界よりも、物事を論理的に考える能力や、自然を愛する心である。

 しかし、教育の対象ではなく、教育のための道具としてコンピュータが役に立ちうるかどうかということになると、これは、話が別である。

 私の研究室の大学院生が、自分の研究成果を小学校に持ちこんだことがある。小学校の先生の協力も得て、小学生どうしの議論のための文房具のようなものをコンピュータの上に作った。すると、今まで教室で発言したことのなかった子がその道具を使って発言しはじめたりして、子供たちにも現場の先生にも喜んでもらえた。この実践例は教育学部の先生にもほめてもらったが、今後は、現場の小中学校の先生の知恵をさらに生かしていくことが重要である。効率や効果よりも使う人たちの心を大事にした道具を作っていければと思う。



Author: Koichi Hori


 

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